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バレーバカ!!! バツ2 & 子供3人 & 金銭苦 波乱万丈放浪記★
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昨日、姉から電話があった…


姉『今日お父さんの命日だったよね~』
私『あッ!そうだった… 9月!違う違う、昨日だよ~9月3日だもん』
姉『そっか昨日か…
来週行くから空けといて!』
私『OK!来週なら全然いいよ!空けとくね』
姉『妹にも言っとくから、必ず空けといてよ!』
私『了解!』


あれから9年が経つ…
父の突然の死………


私の父は屋台をやっていた。
夜の水商売だった。
駅前に毎日屋台を運び、夕方から店を開く。
駅から降りてきたサラリーマンや作業着姿の職人、近所の店の店員、主婦やホステス、遠くからも父の屋台だけの目的で来ていたお客さんもいた。そして、中には地元や隣町からのヤ〇ザさん等、色んなお客さんを相手にし、ちっちゃな町の駅前に堂々と陣取り、営業をしていた。
商売柄、茶化しや営業妨害、脅しやケンカ!
ひっきりなしに訪れ、父に挑んでいったが、泣く子も黙る鬼オヤジ!
そんじゃそこらのオヤジとは訳が違う!
売られたケンカは売って返す!
何の目的だか、『アチョーーー』
って言ってケンカを仕掛けに来た客が、
うちの父は、ビール瓶をすぐさま割って、『コノヤロォーーーー』
と、ビール瓶を振りかぶると
そいつは『アチョー』と言って逃げていった…
そんな現場に私はいた…
凄かった…


そんなヤンチャで太っ腹で頑固で遊び大好きで、淋しがりでケンカが強く厳しいオヤジが、私は大好きだった。。。


ちっちゃい頃、男の子欲しさに、私はよく丸坊主にされ、父の自転車の前に座り、買い物へ出かけたものだった。
3姉妹で次女の私は、スポーツ大好きで、父とキャッチボールしたり、男の遊びをやっていた。
何度も父に付き添って、夜のスナックへ行ったこともあった。
姉は社交性が抜群で、父以前に誰とでも付き合え、親戚中から人気があった。
妹は、母のお気に入り。
ママっこで、賢かった。
私は人一倍、引っ込み思案で、人前じゃ~中々喋れず、静かにしているばかりで、でも、運動大好きで活発で、姉妹3人運動神経はいい方だが、やんちゃな私には適わなかった。
まるで今の私の次女ソックシ!
なので、そんなシャイな私を連れ出してくれるのは父であった。


淋しがり屋で、いつも自宅は狭いにもかかわらず、お客さんで一杯だった。
6畳と4畳半の部屋と3畳の台所とトイレ
1軒家の1階部分だけ借りてのちっちゃい頃の生活だった。
夜中、父の仕事が終わり、屋台を引っ張って自宅まで戻って来て、大騒ぎ!
お客さんの付き合いと商売のために飲んで酔っ払っている父。
売れ行きがいいとご機嫌で帰って来て、私たちを起こし、お客さんからもらったお土産を『食べろ~~』とご機嫌口調ではしゃぎまくる。
父の人柄の良さと、親分肌の資質と商売上手さに、常連客や色んな人が慕って自宅まで来た。
若い頃は商売も繁盛して、かなり儲かったみたいだ。
羽振りも良かったし、自宅が狭くても、高級な家具や電化製品、旅行も大勢でよく行っていた。
父の周りにはいつも沢山の仲間がいた。
ドライブ大好き。
釣りが大好き。
飲食旺盛。
スポーツ大好き。
大の巨人好き!
父のカブに3人姉妹のそれぞれの原チャリで4人でドライブにも何度か行ったね。
カラオケはピカイチ!
坂本九ちゃんの、『見上げてごらん夜の星を』や『上をむいて歩こう』や『知床慕情』なんて天下一品だった。


父の話は、底を尽きない…
沢山の想い出がありすぎて…


私が19歳の時、独立して一人暮らしを明日にもしようとした時、父に見つかり、
父は『行って来い!もし、帰りたくなったら、直ぐ帰って来い!』
私を許してくれた。
突然の『出来ちゃった結婚…』
その時もそうだった…
父はいつも許してくれた…
躾に関してはどこよりも厳しかったが、いつも暖かく見守ってくれた。


淋しがり屋で、強情で、やんちゃな父。
高校3年の時、自動車の免許をすぐとり、母と父を連れて、よくドライブしたっけ!
泊りがけで当てもなく、車で寝たり…
父と出かけるのが好きだった…


いつしか…
段々父も年を取り、商売柄と好きで飲んでたお酒のせいで、体の内部があちこっち壊れてきて、弱音を吐き、仕方なく母が仕事をする事になったら、今度は母への嫉妬!
あのやんちゃな父がどんどん壊れていった…


私と姉も波乱万丈振りに疲れたのもあっただろう…
以前はヤ〇ザさんを手下に堂々と町を歩いていた父だったのに…


入院生活や、自宅療養が増えていった頃、段々元気がなくなっていった…
そんな父は見たくなかった…
でも、段々体つきも衰え、筋肉モリモリだった胸囲や腕も、細くなり、実感湧かない父への思い…
私だけ少し遠くに離れて住んでいた為、父の変わっていく様が何となく分かっていった…
父が救急車で入院!
原因がわからず、父も苛立つ。
ちょっとの熱でもダウンする臆病さがあったが、今度はそんなわけではなく、確かに辛そう…
でも原因がわからず…
父の隠れてお酒を飲んだり、煙草を吸ったり…
私が『ダメ!』ッて言っても聞かず!
そして、段々気弱になると『どうせ死ぬんだ!死ぬんだ!』と言う。
聞いてる方はたまらない!
母が辛いと妹に嘆いていたらしい…
私は知らなかった…
お見舞いに行ったとき、私は
『そんな死にたかったら、死んじゃえばいいじゃん!』
って怒った!
それを聞いてる人の身になってよ!と思ったから…
そんな弱気な父を見たくなかった…
何気ない会話をして、またくるつもりで私は帰っていった。
それから1週間もたたないうちだった…


その日は夕方から、急に大雨が振り出し、雷雨が鳴り響き、私は9ヶ月の長男を抱っこ紐で抱っこし、バス停を降りたとき、余りの雷雨の怖さで自宅に電話した。
前旦那は雨の為、仕事を切り上げ自宅に戻っていた。


私『ちょーーーっとーーーカミナリ怖いじゃん!自宅にいるんなら迎えに来てよォーー!』
前旦那『おい!お父さんが死んだ!!』
私『………』


前旦那『お父さんが死んじゃったよ!!!!』
私『ちょっと!!!!迎えに来て!!!!』怒鳴った!


いつもは何かにつけ私は『うそ!』っというのが口癖だった。
何故かしらその『うそ』が出なかった…
しかも、前旦那を怒鳴りつけた…


何が何だかわからなかった…
車で向っている間、1時間半くらいの道のりは、記憶にない…
『父が死んだ???』
何言ってるの??
訳分からなかった…


日も沈み、外が真っ暗に既になった頃、海に近い病院に父が搬送されてのだ。
走って手術室へ…
外に母と妹と姉がいた…
大泣きしている…
『ええ!!何??何で泣くの??』
手術室はドアが空いてた…
そこには、横たわった人が白いハンカチみたいなもので顔にかけられていた…
病院の人が、その白いハンカチを取った。
父が眠っていた。。
私には、ただ、眠っているようにしか見れなかった…
『何のこと?』ただ心で呟いた…
姉や母や妹は、父に寄り添ってまた泣いてた…


私は泣かなかった…


それから直ぐ、葬儀屋がきた。
病院からすぐ棺に入れるのだ。
夜遅かったせいか、葬儀やは1人しか来なかった…
手術台車から棺に入れる時、姉の元旦那と私の前旦那が手伝った。
まだ体は温かかったらしい…
私は一度も父に触れず、何も言わず、ただ黙って成り行きを見つめていただけだった…


自宅に戻った父。
ずっと、棺に入っている。
そこで、葬儀やとの話し合い。
が、何かの勘違いかで、互助会の通しているはずの葬儀やが、違う葬儀や立ったらしく、なんと新たに棺の交換をする事になった。
新しい棺に入れられた父。
大雨の降った日だった。
夜になっても雨があがらない。。
そしたら、頭の上からポツリ…
『冷たい!』
みんなの頭にも『ポツリ』
『えっ!!!』
あっという間に、ポツポツ家の中でも大雨が…
天井見ると、水の嵐…
『雨漏れだーーーー!』
家中大雨で水浸し…
棺も水浸し…


確かに古い家だか、ここ何十年住んでても雨漏れなんてしたことが無かった。
ましてやここは1階である!
雨が…
雨が…
家が濡れていく…
部屋中水浸し…
怖い…
どんどん濡れる…
父も濡れる…
怖い…
家が崩れるかも…
『怖い…お父さん!怖い!』
心の中で呟いた…


部屋にシートをかぶせ、難を切り抜けた…
父の棺にシートをかける…
まるでキャンプのテントだね…


これはきっと、父の涙だったと思う…


葬儀は忙しかった…
母はみんなの対応。
姉は準備。
妹は接待。
私は…
私は…何やってたんだろ???
みんなの預かったお金をしっかり持って、うろうろしていたような…
余り覚えていない…


お通夜では自宅にひっきりなしに来客が来た。
父の偉大さがわかる。
ともし火を切らしてはいけない!って言われた。
母と姉妹と4人で喋り捲って、疲れて寝てしまった…
しっかり、ともし火は消えていた…
父の話は好きだった。
あんな事こんな事…沢山あったね…
みんなで思い出し笑いで大賑わい!
そして、今度は悲しくって大泣き…
それの繰り返し…
愉快な家族…
でも分かっていた。。
笑ってないと、淋しくなるから…
笑ってないと、涙が出てくるから…


お葬式はお寺で行なった。
華やかなお寺…
辺り一面が金色で覆われ、
天井からカラフルな色々なものが垂れ下がっていた。。
正面には大きな仏像。。
あっちこっちのは、金ぴかな観音様。。
じゅうたんが敷き詰めている中、一族とお坊さんたちは、イスに座ってのお葬式であった。


ご住職がお経を読み、20名近くのお坊さんの輪唱。
低い声で奏でるお経は、お寺中に響き渡ってまるでゴスペラみたい…
迫力があって、メロディが感じ取られ、鳥肌が立ったくらいだった。
余りにもその大合奏でのお経が心に染み、涙ばかりこぼれた…
お葬式やお通夜、告別式は父の人望でか、沢山の人がお焼香にきてくれた。


初めてこんな身近で葬式をしたのが、自分の父親になるなんて…
思ってもなかった…
体を清める時もそうだった。
お通夜や葬式の時、私は父に触れてなかった…
認めたくない…
怖い…


最後の別れ…
火葬場…
これで父の体が無くなってしまう…
触れなくては…
触れなくては…
みんな別れを惜しんで、父に寄り添っておお泣きしている…
触れなくては…


手を伸ばす…
ほっぺ…
『あっ!』
冷たかった…
凍っているみたいで、人形に触れたみたいに…硬かった…
触れるんじゃなかった…
私は声にならず、涙ばかり出た…
涙ばかり…
涙ばかり…
声にもならず…涙ばかり出た…


気丈に立ち振る舞っていた、母や姉、そして妹…
大泣きしては、接待に勤(イソ)しむ…
お葬式の進行や金銭問題。色んな事をみんなで手探りで分担し、進めていった…
みんな立派だな…
私は…
まるで、宙に浮いているみたいだった…
フワフワまるで私が幽体離脱だ…
みんなも泣きたいのに…
私ばかり…フワフワ…


全てが終わり、母の淋しさも増して、父のいない実家に泊まりに行った。
どうしても…気配を感じてしまう…
気になる…
きっと、父はいたんだ…
ただ、私はお化けと幽霊は信じないが、怖かった…
実家が怖かった。。
でも、腹据えると案外平気な事に気づいた…


葬式が終わって、1ヶ月…
私はまだまだフワフワしていた…
父の事故現場に直接携っていた母…
二度と思い出したくないであろう…
それから1ヶ月がたち、漸く母も精神が落ち着いたのか、事故現場に華を手向けに(タムケ)行こうとゆう事になった。
事故現場に行く前の夜、私は夢を見た。
どんなストーリーかは分からないが、突然父が現れた。
私は『お父さん!!あれ?何で?死んじゃったんじゃないの?お父さん!!お父さ~~~~~ん!!』
父は私に微笑みかけていた。
何も言わず、ただ、私をみて、ずっと微笑んでいた…
『お父さ~~~ん!!!』


目覚めていた…
頬を触った…
涙が沢山流れていた…
枕もびっしょりなくらい…
まるでそれは現実に近く、夢に思えないくらいリアルで父を感じた…


後で知り合いから『よかったね!お父さんきっと成仏したんだよ!』
って言ってた。
お父さん!貴方は今どうしてますか?
もう一度夢でもいいから父が現れてほしい…
あれから9年…
その夢以来、一度も父の夢を見たことがない…


事故現場は埠頭だった…
父の大好きな釣りをしているときの事だった。
14番!
この番号の場所だ。
こんなだだっ広いとこで、父は死んだのだ。。
でも、大好きな海の側で…


華を手向ける。
お線香をたく。。
平日だった為、仕事人がこっちを見て不思議がる。
みんなで献杯…
お父さん…
沢山の想い出話をし、楽しく笑い…
そして、そろそろ帰る頃…


私『お父さーーーーーーん!!』


大声で叫んだ!


みんなは車に入ろうとしている時だった為、私の声にビックリした!


涙が沢山出た…
父が死に、父の名を呼んだ事が無かった…
心が苦しく、何度もがいた事か…
父のいない淋しさを隠す為に、笑ったり騒いだり…
でも、大声で泣けなかった…
声を出して泣けなかった…


海に向って私はもう一度
『お父さ~~~~~~~ん』
どんなに言いたかった事か…
そしたらみんなも叫びだした!
『お父さーーーーーーん』
姉も妹も大声で叫びだした…


みんな同じだったんだね…
みんな同じ気持だったんだね…
みんなも叫びたかったんだね…


私たち初めて大声で泣き叫んだ…


大好きな…
大好きな…
『お父さ~~~~ん』
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